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まずは、動画をじっくり御覧ください。

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うちの母(Long Ver.)

私の記憶が確かなら、
私は4歳5歳と保育園に通い、
6歳で幼稚園に通い、7歳から小学校と、
起きている時間以外のほとんどを、
家以外で過ごしていた。

保育園幼稚園の送り迎えは、
ほとんどが祖父母。スーパーカブの後ろにぽんと載せられ、
祖父母にしがみついての通園。
母親は、早番の時は朝5時から午後2時過ぎ、
遅番の時は午後1時から午後10時過ぎまで仕事。

夜寝る時は、妹は母と父と一緒。
私は祖父母と一緒。

そんなわけで、母親と一緒の時間って
それほど多くはなかった。

が、思い出は多い。
ほぼほぼ叱られた思い出ではあるが。

1日の中で、食事をともにするのは、
朝か夜の1回。
残すことは許されない。
全部食べきるまで、席をたつことすら許されない。
どうしても食べられなくて泣き出しても、
全力シカト。

よくある兄妹のチャンネル争い。
当然エスカレートして、
腕力に任せて妹をねじ伏せる。
当然の帰結として、
外の納屋に閉じ込められる。

友達と用水路での釣りに夢中になって、
決められた時間に帰宅できず、
1時間ほど遅れて帰宅。
バケツいっぱいの魚を見せてはぐらかそう
というちっちゃな謀略は、
一喝で、粉々に砕け散る。

もうね、小さい頃怒られすぎて、
大きくなっても、逆らおうなんて微塵も思わなくなるぐらい。

それだけ私がやんちゃしてたってわけなのだが。
おとなになってみると、怒りたくなる気持ち、
とてもよくわかる。

仕事を辞めた時も、タイへ移住した時も、
事後報告だったけど、

あ、そう。

と一言だけ。
そこは、もうちょっとなんか言ってもいいと思うが。
もう一生どころか、来世の分まで
怒り尽くしたのか。

まぁ、それでも、
ふらっとひとりでタイに来てみたり、
バリバリの日本語でタイ人に話しかけて
通じたと思っているし、

英語もしゃべれないのに、
ちょっとスイスへ、ちょっとスペインへ、
まったくこの親にして、この子ありだな。

今となっては、感謝しかない。
あんだけ怒られ、あんだけ殴られながらも、
今では笑い話のネタにしかならない。

43年前に生んでくれて、
働きながら育ててくれて、
身勝手な私を見守ってくれて、
まぁ、結果こんなのが育ったけど。

あなたの息子は、あなたの息子であることを、
間違いなく誇りに思っています。

母さん、ありがとう。

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